風俗の序の口

大学生の頃、お金がなくなって、テレクラで何度か働いたことがある。
この話は誰にもしてこなかった。
するべき話ではないのだ、だけど、なかったことにして生きていきそうだったので、書いておく。

私が働いたお店は、繁華街を進んで、一本だか二本、裏の通りに入った古いビルの、5階あたりにあった。

なぜそこで働こうと思ったのかというと
郵便受けに頻繁に、「女の子のためのバイトのチラシ」が入っていたからだ。
歩合制で、一秒単位でお給料が出ます。
危険なことはなにもなく、個室とドリンクバー、わからないことがあったら教えてくれる女性スタッフもいます、と。

自転車で夕方その事務所のようなところに行った。
茶髪ロングでストレートヘア、スキニージーンズを穿いた、姉さんが出てきて面接をしてくれた。

始めに学生証を見せてと言われ、「自分ではエッチな仕事ができると思って来ていても、私がそうだったんだけど、意外とはじめはできないから、はじめはマニュアル通りやったらいいよ」とアドバイスしてくれた。
その日、私は一人暮らししていたその街に母が来たときに買ってくれた、ワンピースを着ていた。
親に買ってもらったワンピースを着て、こんなことをしているなんて、情けないと思ったのを覚えている。

個室完備、に嘘偽りはないが、1.5畳ほどの部屋に一人用のソファがおいてあり、壁に向かって付けられたテーブルに、電話機とマニュアルがおいてあった。
マニュアルには、「東京へは何番、大阪へは何番」と、いくつも電話番号が書いてあって、自分からかける場合はランダムに地域を選ぶ。
その他に、自分を女子高生や、女子大生、OLであるという設定にするときにはなんと言えばいいのか、というヒントのようなものもたくさんのっていた。
私は嘘が下手くそなので、それを見ても大体自分に近いようなことをいってしまっていたが、
今となってはたまに、電話で完全に嘘をついてみたいと思うこともある。

自分で電話を掛けることもできるが、初心者は世話役の人が回してくれる電話をとることがほとんどだ。
世話役の人は電話の内容を聞いていて、不適切なことがあれば注意をし、新人には「今みたいな感じでお話しできれば大丈夫」といってくれたりする。

ちなみに、ルールとしては、お客さんの男の人と、会うアポイントはとってはダメらしい。

お客さんはテレクラを通すより、女の人に直接電話番号を聞いてかけた方が安く上がるので、そっちに話を持っていくが、うまくかわしてねと始めにいわれた。
会う約束ができないとなるといきなり電話を切ってしまう男の人もたくさんいたけれど、
眠る前にお話が聞きたいと言って、私の即席で作ったどうしようもない昔話を静かに聞いてくれた人もいた。

その人が、普段、女の人と関わることができずにたまにお金を払って、電話をしているのだとしたらと想像すると、
悲しいような何とかしてあげたいような
切ない気持ちになった。

私は、毎回一時間半でそこにいるのが限界になった。
五千円くらいのお金になって、飲み会代やサンダル代に消えていった。
楽に稼ぐがモットーの風俗業だが、本当に楽に稼ぐことなどできない。
自分の一部をめちゃくちゃにこねくりまわしながら、人を偽ることだからだと思う。

高いお給料がもらえるのは、自分の一部を殺すことの引き換えだからだ。

私は、あのとき死んでしまった部分を抱えながら生きているのに、それは確かに感じているのに
テレクラで働いていたことは忘れ去りながら生きている。

人は、自分に都合のいいことしか覚えていないのだ。